まず豊田氏は、最近マスコミで話題になった原始キリスト教史関係の発掘情報を紹介し、その功罪について論じました。具体的には、
①2009年6月、サン・パオロ大聖堂の祭壇下石棺内からみつかった1〜2世紀の骨断片を、ベネディクト16世が聖パウロの遺骨と断言した件、およびそれに先立つ聖パウロの単独肖像画(4世紀後半)発見の報告。
②2007年3月、Discovery Channelによるイエス一族の墓発見というセンセーショナルな大キャンペーンの件。話題性重視のマスコミによる安直な情報操作を批判する一方、十字軍時代に遡る聖遺物贋造を意図した墳墓改装の可能性も指摘した。
③1953年にオリーブ山で出土した骨箱のアラム語「Shimon bar Jonah」にも言及。原始キリスト教関係者のエルサレム共同墓地の可能性が指摘されてきたが、ユダヤ人命名法には同一名が多いため、それを根拠とする安易な主張は問題であると訴えた。
異教徒はキリスト教徒を憎むものであり、キリスト教徒も異教徒を忌み嫌うものという二項対立的な構図は、古代の史資料の語る現実とは大きく食い違う。それらは、多くのキリスト教徒が異教徒と共同の食事を楽しみ、共同で祭事を行う光景を伝えてくれる。外国文化全般に極めて寛容であった文化的後進国ローマに宗教戦争はなく、したがって教会の“勝利”もなかった。歴史はより多様であり、かつより多元的である。
いわゆる実証主義とは歴史学者の認識論的立場としてよく主張されるところですが、そのア・プリオリな思考にこそ大きな落とし穴が空いているのではないか。歴史学の魅力と危うさを痛感する時間となりました。

4月18日、新入生歓迎の意味を込めて、昨年サバティカルで研究に専念されていた児嶋由枝氏により、「ロマネスク美術に見る「マギの礼拝」と神聖ローマ皇帝権」と題した講演が行われました。マギとは、イエスの生誕の際に星に導かれてベツ レヘムに至り、イエスに黄金、乳香、没薬、贈り物を捧げた三人の祭司、もしくは王、あるいは東方の博士のこと。講演では、彼らに対する崇敬が、12世紀にシュタンフェン朝の神聖ローマ皇帝権と結びついていく状況をたどるとともに、同時期の「マギの礼拝」図像の展開との関係について美術史学的立場から考察 を加えたものでした。神聖ローマの皇帝権と密接な関係にある3つの聖櫃(三王の聖櫃、聖母マリアの聖櫃、カール大帝の聖櫃)など、多くの貴重な図像がスライドで紹介され、新入生も興味深げに聞き入っていました。