6月27日(土)、6月例会が開催されました。当日は複数の学会が重なり参加者は少数でしたが、2人のOBを迎えて活発な議論が行われました。報告は、富士見丘中学高等学校教諭の関根淳氏による「日本古代史料における『国家』―天皇・国家・公―」、丸山清志氏による「サモアの先史時代の時期区分について」でした。
関根氏の報告は、古代の日本において語られる「国家」の意味を、史料に即して検討したものである。石母田正以来の重厚な研究史のなかで、従来、この「国家」は天皇を意味するものと広く認識され、また公・公権力という意味は含有されないとの合意が形成されてきた。しかし、史料を子細に検討してみると、その意味内容はより多様であり、①国土、②朝廷、③天皇、④天皇家、⑤公・公権力、⑥故郷・本拠地、⑦国家(現代用語と同じ意味)などに大別されることが分かる。「国家」とは、時代の変遷や地域によって可変的な意味を持つ語句なのである。
研究史の詳細な検討と批判、逐次的な史料解釈など、歴史学研究の基本ともいうべき堅実な報告でした。質疑応答では、国家なるものをいかに捉えるか、分野を超えて広汎な議論が行われました。
丸山氏の報告は、考古学的に未解決となっている東ポリネシアへの人類の植民年代について、紀元後第1千年紀におけるサモアの文化様相の分析から、解答を与えようとしたものです。サモアの先史時代の画期は紀元後第1千年紀の前半で、遺物や遺跡の様態から、小氷河期の影響による海上交易の衰退、内陸経済への移行を確認できる。これらは植民後の東ポリネシアでも同時期に生じていることから、それ以前に定着していた植民期の海洋指向文化と内陸資源開発の時期を考えれば、東ポリネシアの各地域は紀元後第一千年期の前半から中葉に植民されたと推測される。
考古学的な専門知識の駆使された報告で、質疑応答は基本的な事項・概念の確認がほとんどでしたが、気候変動と文明との関係、古気候学の歴史学への援用の方法など、広い視野からの意見交換が行われました。