劉氏の報告では、清末に進められた新式学校の設立という政策が、民衆にとってどのような負担を生じさせたのかという点について論じた。新政による課税が毀学運動を引き起こしたとする先行研究を紹介し、教育政策が民衆の負担となっていることを確認した。その一方で、学堂経費や財政負担の具体的な部分に関しては未だ詳細な研究が為されていないことを指摘した。
劉氏は研究の切り口として、学校経費が2つに分類できることを提示した。1つは民衆から教育税として徴収されて行政的に処理されるもの、もう1つは地域住民や児童に課された学費等である。これらの負担を詳細に見ていくために、広東省の教育税の内訳を示し、そのうえで広東の各地域における人口・就学人口・就学率・学堂経費・教育税をデータとしてまとめ、比較検討した。その結果、学堂経費のうち教育税負担割合が多い地区は義務教育が発展しづらい傾向にあったとした。また、就学率も非常に低かったことから、ごく一部の子弟のためにすべての民衆から徴税していることが民衆の反感を招く原因の一つとなったのではないかと結論づけた。
質疑応答では、教育税による負担だけが民衆にとっての負担ではないという指摘がなされ、非正規な形で徴収された部分による負担も合わせて見ていくことで、より当時の民衆負担の実態に近づけるのではないかという展望が示された。また、当時の民衆の学校教育に対する認識が現代や当時の日本と比べてどのようなものであったのかという議論も起こり、民衆と教育政策を見ていく上での新たな見解が示されたと言える。
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北條氏の報告は、氏が昨年8月~9月に中国雲南省麗江市~大理市にて行った少数民族調査の概要を踏まえ、『以烏鴉叫声占卜』(いうあきょうせいせんぼく)という納西(なし)族の東巴(とんぱ:シャーマン的存在)経典の読み解きを軸に行われた。
この『以烏鴉叫声占卜』は、東巴文字といわれる絵文字で記録されている、鳥(カラス)の鳴き声が発せられた時間・様態・方向・場所などによって憂事・吉凶を占う卜書である。報告では、まず北條氏入手写本と『納西東巴古籍訳注全集』所収の『以烏鴉叫声占卜』とを比較しつつその概要を、氏による日本語試訳の提示を交えつつ紹介された。そして、この経典の由来として、チベットで鴉鳴(あめい)占卜の枠組みが出来、その影響から漢文の鴉鳴占卜書が生まれ、東巴経典の鴉鳴占卜書はチベットから直接か漢文を介するかして成り立っている、との見解が敦煌文書として現存する鴉鳴占卜書との内容比較等を通して示された。また、日本列島における鳥鳴きの習俗の存在を挙げ、漢籍→陰陽書→雑書→民俗化という流れが推定される日本に残る烏鳴きの習俗との比較による、神話・伝承における動物表象の検討という方向性が提起された。
質疑応答では、「カラス」という鳥に対する認識の地域差への考慮といった具体的な質問や、「動物表象」や「動物(自然)と人間」といった理論的枠組みに当てはめることに対して自覚的であるかといった意見が挙がり、報告者からはそれぞれに対応する事例を示しつつ回答がなされた。