研究史の詳細な検討と批判、逐次的な史料解釈など、歴史学研究の基本ともいうべき堅実な報告でした。質疑応答では、国家なるものをいかに捉えるか、分野を超えて広汎な議論が行われました。
考古学的な専門知識の駆使された報告で、質疑応答は基本的な事項・概念の確認がほとんどでしたが、気候変動と文明との関係、古気候学の歴史学への援用の方法など、広い視野からの意見交換が行われました。
上智史学会では、4月の新入生学術講演会から始まり、5〜10月の例会、11月の大会と、学術研究の報告の場を設けています。ここでは、発表と討論の風景をブログ風にまとめています。

4月18日、新入生歓迎の意味を込めて、昨年サバティカルで研究に専念されていた児嶋由枝氏により、「ロマネスク美術に見る「マギの礼拝」と神聖ローマ皇帝権」と題した講演が行われました。マギとは、イエスの生誕の際に星に導かれてベツ レヘムに至り、イエスに黄金、乳香、没薬、贈り物を捧げた三人の祭司、もしくは王、あるいは東方の博士のこと。講演では、彼らに対する崇敬が、12世紀にシュタンフェン朝の神聖ローマ皇帝権と結びついていく状況をたどるとともに、同時期の「マギの礼拝」図像の展開との関係について美術史学的立場から考察 を加えたものでした。神聖ローマの皇帝権と密接な関係にある3つの聖櫃(三王の聖櫃、聖母マリアの聖櫃、カール大帝の聖櫃)など、多くの貴重な図像がスライドで紹介され、新入生も興味深げに聞き入っていました。
次第に蒸し暑くなってきた梅雨まっただ中の6月28日(土)、7号館12階第2会議室にて、上智史学会・紀尾井史学会合同の月例会が開催されました。報告は、ともに本学大学院博士後期課程の今泉牧子氏と松尾里子氏。女性研究者の底力を見せつける報告となりました。
まずは今泉氏の報告、「挙留と地方官—宋代地方社会の実態—」から。民が地方官の再任を要求する〈挙留〉という制度に注目し、宋代地方行政を支える地域社会の実態をみすえようとしたもの。昨年度の大会で一度発表された内容ですが、本年刊行予定の『上智史学』53号投稿を機に、あらためて批判や助言を得よう挑戦したとのことでした。当たり前のことに価値を見出す姿勢、日常性に対するアプローチは大澤先生譲り。堅実な史料分析と立論に、西洋史・日本史の側からも多くの質問が出て、それぞれの地方行政と地方社会の関わり、中央/地方を結ぶ人的ネットワークのありようなど、比較考察の議論に花が咲きました。
続いて松尾氏の報告、「17世紀フランスにおける女子教育—マントノン夫人の女子教育を一例として—」。ルイ14世との秘密結婚の相手でもあるマントノン夫人が、自ら創設したサン=シール女子学院において、キリスト教的保守教育に対しいかなる新たな試みを行ったか。その意図と顛末について、当時の社会情勢などとの関わりから通史的に整理する内容でした。マントノン夫人自身の詳細な教育論、修道院的教育への意識、学院経営の画期における述懐を記した史料が乏しいため、「個を掘り下げる」深度について質疑応答がなされました。思想史・社会史の方法論においてはもちろん、大学人としての私たち自身を振り返るうえでも大変意義のある発表でした。
去る5月31日(土)、7号館12階第2会議室にて、上智史学会・紀尾井史学会合同の5月例会が開催されました。報告は大澤正昭先生に、院生の宮古文尋氏。お二人とも中国史がご専門なので、今回は「東洋史特集」といった趣。天気はあいにくの雨でしたが、教員・院生合わせ20名余りが集まりました。
まずは大澤先生のご報告、「『袁氏世界範』の世界—危機の中の日常—」。『歴史家の散歩道』でも取り上げられた史料ですが、研究史的にも部分的にしか引用・分析されてこなかったその全体像を、各章節の概観を通じて位置づけ直そうとする内容でした。質疑応答は宋代の家族制度、宗族秩序の形成にまで及び、活発な意見交換が行われました。当然のことではありますが、私たち現代人にも感覚的に理解できる項目、言明があると同時に、「やはり家や家族、それぞれに伴う感覚や情念も歴史的存在なのだ」と痛感するところが多々ありました。最も自明なようでありそうではない問題群...〈日常性〉の歴史学とは、だからこそ大切な視点なのでしょう。
続いて、宮古文尋氏の「連露派の虚像と戊戌政変」。戊戌政変前後における清朝政府内の諸派閥について、従来の研究の二項対立的に固定された枠組みを再検討し、二つの派閥が政治状況の変化に伴いひとつの政策へ収斂してゆく様子を動態的に描き出す内容でした。指導教授の坂野先生から詳細な批評・解説がありましたが、既存の理論的枠組みを史料の読み込みから実証的に問い直してゆく姿勢は、後輩の模範となる優れたものと思いました。
4月12日(土)、11号館311教室にて、新入生歓迎学術講演会が行われました。80名以上になる新入生のほとんどが出席、熱気に包まれた大盛況の講演会となりました。講演は、サバティカルから復帰された川村信三准教授による「戦国および近世初期におけるキリシタンと民衆—一宗教集団の興隆原因の再検討—」。機器のトラブルでせっかくのパワーポイント上映がかなわなかったものの、そこは海千山千の講義巧者。戦国期に強固な結束を保ち展開した2つの宗教集団——キリシタンと浄土真宗が、いかなる共通点と相違点を持ち、なぜ同じように興隆するに至ったのかを、初心者にも分かりやすく熱く語られました。出席の教員からは、キリシタンの組織系統や宗教の本質に関わるような質問も飛び出し、新入生も初めて触れる「大学の学問」に大いに刺激を受けていたようです。同内容の書物をご執筆中とのことで、今から刊行が待たれます。
講演終了後は、場所を移して懇親会。用意された料理は、食欲旺盛な若者たちによってあっという間に底を尽きました。新入生が料理の置かれたテーブルから離れようとしないので、井上先生が「立食パーティーのマナー」をアナウンスする一幕も。アルコール抜きのため不完全燃焼の教員も多かったようですが、打ち解けた空気のなかでの会食となりました。彼らがどのような「大学生」に成長してゆくのか、期待と心配の相半ばする一日でした。