2011/07/16

2011年度6月例会②開催

梅雨明け前の2011625日(土)、上智大学図書館9階、L-912教室に於いて、上智大学史学会・院生会合同月例会が開催されました。報告は本学大学院の森脇優紀氏と、埼玉大学名誉教授、岡崎勝世先生でした。


森脇優紀氏の報告は、ポルトガル・リスボンのミゼリコルディア(Misericórdia)が、どのように組織・運営され、また具体的にどのような活動をしていたのかについて、ミゼリコルディアの規則として1516年に初めて活版印刷で刊行されたO Compromisso da Santa Casa da Misericórdia de Lisboa em 1516を実際に翻訳し紹介するものであった。ミゼリコルディアは、16世紀日本において、キリスト教の俗人の信徒組織として導入されていたものでもある。

この規則で注目すべき点は、最終章に国王から与えられた特権が付されていることである。国王が、リスボンを始め各地にミゼリコルディアを設立し、特権を与えて積極的に慈善事業に関わった理由として、15世紀後半から、ポルトガル外部で設立された俗人の慈善事業団体の影響力を抑えるために国王が慈善事業の集権化に着手し、病院の統合や、王室の病院を設立していたことがあげられる。リスボンのミゼリコルディアの承認も、慈善事業の集権化をすすめるための国家的事業であり、他のヨーロッパのミゼリコルディアとは異なる特徴を持っていた。また、これをきっかけにポルトガル支配領域内の各地でも同じような規則を持ったミゼリコルディアが作られ、その規則が日本にもたらされたのである。

質疑応答では、報告者の今後の研究課題にもからめて、積極的な意見交換が行われた。ヨーロッパの他の国のミゼリコルディアとの比較や、規則だけでなく活動実態の検証をする必要があり、他の活動に関する史料が残っている事が期待されるエヴォラやゴアで調査の必要性についての指摘がなされた。日本での秀吉の伴天連追放令以降のミゼリコルディアの変質について、また触穢思想がある日本での遺体の埋葬への関与がどのように行われていたのかについての関心も示された。



岡崎勝世埼玉大学名誉教授の講演は、17世紀の科学革命によって危機に瀕した『普遍史』に関して、その救済を試みたW.ウィストンとニュートン物理学に関する考察である。『普遍史』とは、聖書を直接的な基盤とする伝統的・キリスト教的世界史記述のことである。これは、西欧において古代から存在し、その世界観や人間観などは、時代とともに読み替えられていった。近世になって、科学革命や大航海時代といった、聖書では説明が難しい事象が誕生し、『普遍史』は危機に瀕した。


W.ウィストンは、1696年に出版された『地球の新理論』の中で、ニュートン物理学を前提に聖書の内容が正しいことを示そうとした。彼は6日間での宇宙創造や、ノアの大洪水に関して議論したが、その中で、ニュートン物理学を基礎として、従来の聖書の解釈を変更した。また彼は、聖書が自然哲学的問題の理解を助けるものであるとした。ニュートンもウィストン同様に、聖書の否定はしなかった。ウィストンの純粋な理論的推論は、後の実験に基づく科学的議論などにより否定され、『普遍史』も終焉に向かった。

今回の講演内容で特に興味深いのは、ウィストンが時代状況を踏まえながら、聖書の擁護をしている点である。『普遍史』が「普遍」であり得たのは、時代を超えた共通の真理があるからというよりも、それぞれの時代に上手に適応したからであろう。