2011年6月4日(土)、上智大学史学会・院生会合同月例会が開催されました。報告は、上智大学大学院杉浦廣子氏による「災異と瑞兆のはざま―宋代に至る『受命之符』理解について―」、本学名誉教授であり史学科で長年に渡り教鞭をとられた中井晶夫氏による「スイスとドイツでの歴史研究」でした。
杉浦氏の報告は中国における災異と瑞兆の理解の変化についての考察である。「失政に対する譴告として天が災異を降す」とする災異説は漢代に董仲舒らによって完成され、前近代中国に普遍的に見られる。このため歴代の正史には災異記録のみを分類整理した「五行志」が設けられるのが通例である。逆に「徳政への応として瑞兆が降される」とする発想も同時に存在し、正史でも「瑞兆志」などとして瑞兆記録のみを分類整理した項目を持つものがある。
しかし両者の内容を比較してみると、同一の事象が時代によって災異とされたり瑞兆とされたりといったぶれが生じている例もある。また『新唐書』以降は瑞兆志が別途設けられることはなく、『宋史』は瑞兆記録も五行志に含めているなど、瑞兆自体の取り扱いが大きく変わっている。
董仲舒の論では、天が認めた君主のもとには、「人力ノ良ク致ス所ニ非ズシテ自ラ至ル」現象、則ち「受命之符」が起きるとされる。つまり「異」であっても時には「瑞兆」と判断しうるため、此処から災異を瑞兆に変換していく動きが出てきたのではないか。
『宋書』では瑞兆志の記録と同じ内容が五行志にも存在したり、『魏書』は両者について「霊徴志」という同一項目として取り扱っており、瑞兆が殊更重視されだした南北朝期頃、災異と取り扱いが混交している様子がうかがえる。北宋でも真宗期の記録を見ると、「蝗が生じたが害がなかった」など、災異に理由を付け瑞兆と読み替える例が多数見受けられる。また同時期に編纂された『冊府元亀』は歴代の瑞兆記録などをまとめた項目がある一方で、災異記録をまとめた項目は存在しない。
南朝に端を発する瑞兆重視の傾向は、北宋真宗期に至って度を超したものとなり、欧陽脩ら宋代儒学者達の中に軌道修正を図ろうとする傾向が出てきたのではないか。『宋史』五行志は瑞兆記録を内に含めるに当たり、序文で「瑞兆も時ならずして起きれば災異である、何れと取るべきかは状況を見れば自明のことだ」とだけ記している。この論理こそが、両者の落としどころとして辿り着いた結論なのだと考える事が出来よう。
質疑応答では、正史に災異や瑞兆を記す意味や災異や瑞兆それ自体の科学性を問う点に重点が置かれ、なかでも前近代中国の政治との関わりや疑似科学的な視点の重要性など、今後検討すべき重要な指摘がなされた。
中井晶夫氏の報告は「スイス・ドイツでの歴史研究」と題し、自身のな長年の研究成果についてである。中井氏はスイス留学中、スイス・日本両国の外交の端緒に関する史料調査を行い、その成果を諸論文にまとめた。また日独関係史の研究を行うにあたり、我々が必ず手に取る『オイレンブルク日本遠征記』や『シーボルト 日本』もまた、中井氏の翻訳の賜物である。
日露戦争期のスイス観戦武官史料や19世紀末に来日した「御雇外国人」ニッポルト(Otfried Nippold 1864-1938)の著作を用い、中井氏は日瑞、日独関係史発展の先駆者として大いに活躍されている。特に日露戦争において、ドイツ陸軍少佐メッケル(Klemens Wilhelm Jacob Meckel 1842-1906)から直接教えを受けた将校たちが「メッケル流」戦術を巧みに利用し、圧倒的勝利へと日本を導いたが、観戦武官史料はまさにこの点を明らかにするものだ。
ドイツは世界のヘゲモニーを目指す「世界政策」の中で、一貫して戦争を目的として「大国(Grossemacht)」ではなく「世界強国(Weltmacht)」を目指したという第一次世界大戦からナチス・ドイツまでの連続性が存在したと中井氏は強調した。
史学会会員、院生、学部生だけでなく多くの卒業生も集い、熱のこもる「講義」に酔いしれた。日独関係史を志す者としては、中井氏の研究無くしてさらなる発展は望めず、その研究過程の一端にわずかながら触れられたことは非常に有意義だった。研究に対する直向きな中井氏の姿勢には、ただただ敬服するのみである。
4月17日(土)、今年度最初の例会が、新入生歓迎学術講演会として開催されました。講演者は、昨年サバティカルをとられ、韓国やアメリカで研究を続けられていた長田彰文教授。講演タイトル、および要旨は以下のとおりです。
写真のとおり、新入生たちも真剣な眼差しで耳を傾けていました。また、今年度のヘルパーである長田ゼミ3年 柴崎晶宏君が、下記のような感想を寄せてくれました(ありがとうございます)。
講演会終了後は、これまた恒例の新入生歓迎会懇親会。坂野先生による乾杯の音頭で始まりました。今年の1年生は「おとなしい」印象があったのですが、なかなかどうして豪快な食べっぷり。「自分の分を取ったら後ろへ下がるのがマナーです」との井上先生の訓辞も空しく、テーブルへ群がり続ける若者たちの姿がそこかしこでみられました。毎年、GWを過ぎると心の不調を訴える学生たちも出てくるのですが、この元気をずっと持続していってもらいたいと願うばかりです。

4月18日、新入生歓迎の意味を込めて、昨年サバティカルで研究に専念されていた児嶋由枝氏により、「ロマネスク美術に見る「マギの礼拝」と神聖ローマ皇帝権」と題した講演が行われました。マギとは、イエスの生誕の際に星に導かれてベツ レヘムに至り、イエスに黄金、乳香、没薬、贈り物を捧げた三人の祭司、もしくは王、あるいは東方の博士のこと。講演では、彼らに対する崇敬が、12世紀にシュタンフェン朝の神聖ローマ皇帝権と結びついていく状況をたどるとともに、同時期の「マギの礼拝」図像の展開との関係について美術史学的立場から考察 を加えたものでした。神聖ローマの皇帝権と密接な関係にある3つの聖櫃(三王の聖櫃、聖母マリアの聖櫃、カール大帝の聖櫃)など、多くの貴重な図像がスライドで紹介され、新入生も興味深げに聞き入っていました。